2023/07/26

『傀儡残花』

 『傀儡残花』



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「相談っていうのはこれなんです」
そう言って蓋を開けて、彼女は私に中身を見せた。

──そこには 美しい 二体の。



「初めまして。Amberさん……ですよね?」

そういいながら私が収まっていたボックスシートの向かいの席に
軽い身のこなしで滑り込んできた彼女は
ニコニコと笑いながらこう名乗った。

「僕、■■■■■です」

2048年10月13日──
ここは都内の商談などによく使われる老舗チェーンの喫茶店だった。
何日か前、知り合いの模型雑誌の編集者、K氏から連絡があり、
会ってほしい人がいるので紹介できないか? との相談を受けたのだ。
ずいぶん長い間連絡が途切れていた相手だったので驚いたが
なんでも模型に関して相談に乗ってくれる人を探しているライターがいる……
との事だったので話だけでも聞くことにしたのだった。

「こちらこそ初めまして……Amberです」

なんとなく男の人なのだろうと考えていたので
予想に反して若い女性が登場し、少し慌ててしまった。
K氏に連絡をもらったときに相手の名前を字面では確認していたが
その読み方まではわからなかったのだ。

「ありがとうございます! あ……これ、僕の名刺です」

その言葉にはっとなり、私も用意していた名刺を取り出しお互いに交換する。
■■■■■と名乗った彼女の名刺に目を落とすと……
名乗った通りの文字列が並んでいた。

「失礼ですがこちら、ご本名ですか?」

私は唐突に沸き上がった疑問をつい口にしてしまっていた。

「そうです! ペンネームだと思われがちなんですけど本名なんです。
でも、そういうAmberさんだって珍しい苗字じゃないですか?
仕事柄たくさんの人と関わってきましたけど、初めて見ましたよ」

気を悪くするでもなく、むしろ嬉しそうにそう語る彼女。
確かに私の名刺にはハンドルネームと本名が記載されている。

「そうですね、南の方に何世帯かあるみたいですが……
確かに珍しい苗字だと思います」

口ではそんなことを言いつつも
相手の名前の事も含めて観察をしてみる。
若い女性、下手をすると学生に見える。
ハンチング帽をかぶってブラウスに丈の短い吊りズボン……
すらっとして凹凸の少ない体つきや、髪を短くしていることもあって
ぱっと見は男の子のようも見えた。
私が腰を下ろしたのを確認してから無駄のない動作で自分も腰を下ろし、
注文を取りに来た店員に流れるようにコーヒーを注文した。

「Amberさんってお呼びすればいいですか?
模型業界の皆さんってペンネームで呼び合うんでしょうか」

「そうですね。Kさんもペンネームで呼んでますので……」

とは言ったものの私だって模型業界にそんなに詳しい訳ではない。
さりげなく煙に巻きつつ今回の話の発端であるK氏の名前を出してみた。

「Kさんですか? うーん、僕はその方には直接面識はないんです。
僕の仕事仲間にOという人がいるんですよね。
彼が、Kさんなら僕の探しているような人を知っているかもしれない。
という事で、Amberさんを紹介してもらったんです。」

彼女ははきはきと、すらすらと言葉をよどみなく発している。
あまり人と話すのが得意ではない私と違って
物おじせずはっきりとしている。
どうやら彼女はインドア系のライターではなさそうだった。

「いやあ助かりました。
模型だけじゃなく服も作れて木工もできて……
それに公式のお仕事にもかかわったことがあるなんて。
まさに僕が求めていた理想の人材です!」

「いえ、そんな大したことできないですけど……
ええと……それで、今回はどういったご用件なんでしょうか?」

褒められ慣れていない私は慌てて尋ねた。
すると彼女は表情を正して話し始めた。

「僕はオカルト雑誌をメインに仕事をしているんですよ。
でも今回はそれとは関係なくて、個人的な頼み事なんです。」

そう言ってから運ばれてきたコーヒーを一口啜る。
私もつられて先に注文していたホットティーのカップを口に運んだ。

「僕のだいぶ前に亡くなった、ち……いえ、祖父がかなりのディレッタントでして。
若いころはかなり怪しいことを商売にしていたようなんです。
一時は見世物小屋なんかを開いていて、自分が収集していた奇妙なコレクションを
皆に見せて商売にしていたそうなんです。」

「見世物小屋……ですか? 年代的に詳しくないんですけど
板に赤いペンキを塗って、『大イタチ』とかそういう類の……
もちろんそんな詐欺まがいの物だけじゃなくて、
ちゃんと商売していたところもあったとは思いますけど」

私は自分の中のつたない記憶から、
見世物小屋についての知識を引っ張り出してきた。

「そうそう。他には大道芸を見せたり、蛇女がーとかいう。
今の時代じゃ絶対にできない、人権を無視したようなものだったりとか。
僕も詳しくは知らないんですけど、祖父もそんな感じだったんだろうなって。
だけど、中には本物が混じってたみたいなんです」

ここまでの感じだと、まだ自分が何の役に立てるのかが全く分からない。
私は黙ってうなずき、続きを促した。

「で、そんな祖父が亡くなってからだいぶ経ちまして。
面倒だからって誰もやらなかった祖父の蔵の片付けをやることになったんです。
僕の仕事が浮ついているように見えたんでしょうね。
どうせ暇だろうからって片付けを押し付けられちゃって……」

辟易とした、しかしどこか楽しそうな表情を浮かべ彼女は言葉を続けた。

「で、色々と片付けていたら……こんなものが出てきたんです」

彼女は傍らの丈夫そうな鞄から、箱を取り出した。
そこまで大きくない、やや背の高いティッシュ箱くらいだろうか。
それは五月人形やひな人形などの日本人形が入っているような桐箱だった。

「相談っていうのはこれなんです」

そう言って蓋を開けて、彼女は私に中身を見せた。

──そこには 美しい 二体の。

直感的に、彼女が自分に求めていることがぼんやりとだが分かったような気がした。
そこには手のひらに収まる程度の人形が二体収められており、
涼やかで耽美な顔が私を静かに見据えていた。
人形達の目は美しさとともに禍々しさを放っており
その視線はまるで私の事を値踏みしている様にも感じさせられた。

「昭和の初め頃、祖父が見世物にしていた人形です」

その言葉にハッと私は我に返り、
彼女に視線を戻しある疑問を口にした。

「昭和初期……戦前ですよね。その時代にこんな造形の人形が?
どう見ても現代に作られたような造形ですけど……。」

自分が知っている伝統的な市松人形などとは全くデザインラインが違う。
等身が高く手足も長い。髪は植毛ではなく固い素材で作られている。
材料は木のようにも見えるが、実際のところはわからない。
いや、これはまるで……

「……メガミデバイスみたい、ですよね?」

核心をついてくる彼女の言葉に私はぎくりとする。
そんな私の様子に満足した彼女は、さらに話を続けた。

「僕も以前これを祖父に見せてもらった時から、
なんだか他の人形とは全然違うな~とは思っていたんですけど、
忙しくしてたりしてすっかり忘れていて」

そういいながら彼女は視線を人形に落とした。
私もつられてそちらを見る。
……が、先ほど感じたきらめくような美しさと背筋を走るような禍々しさは消えていた。
さっき感じた印象は気のせいだったのだろうか……
そこにあるのは、運よく戦火を免れることができた二体の人形だった。
どうやら布製の着物も付属しているらしく何着かがたたんでしまわれているようだ。
本体の塗装はところどころ剥げ落ち、元の部品がいくつか失われているのが一目でわかる。

「メガミデバイス、僕も家電量販店で時々見かけますよ。
子供から大人までたくさんの方々がいろんな楽しみ方をしてますよね。
でも僕自身はホビーにあまり興味がないので最初は気が付かなかったんですけど、
なんとなく眺めてたら……あ、この人形とそっくりだなって思って」

私の思惑をよそに、彼女は説明を続けている。

「なので今回の片付けの話が持ち上がった時に、
真っ先にこれを探して出してきたという訳です。」

「えっと……箱に作った人の銘とか入っていたりしませんか?
こういった工芸品にはたいてい作者の名前が記されてると思うんですけど。」

先ほどの妙な気配のせいだろうか。
私はこの人形の詳しい出自を確かめたかった。
取り返しのつかない事態に足を踏み入れかけているのではないかという
疑念が拭いきれなかったからだ。

「残念ながら箱には何も書いてないんです。でもこれ見てください。」



そういいながら彼女が取り出したのはこちらも年代物の古びて日焼けした紙。
どうやら当時の見世物小屋の呼び込みチラシのようだった。
古い紙の匂いが鼻をつく。
渡されたそのチラシを受け取って見てみると、
目の前にある二体の人形の絵が描かれており、
いかにも見世物小屋らしい口上が見出しに書かれていた。

「前代未聞! 歌い、踊り、貴殿の心を満たしうる
小さく、美しき完全なる自動人形! その名も……えっ!?」

その口上を声に出して読んでいた私は最後の文字列を見て絶句した。
なぜならそこに書かれていたのは……

「女神……装置!?」

「そうなんです。
メガミデバイスって、女神装置とも呼ばれているんですよね?
こんな偶然あります?」

私は慌てながらも本文を読んでみる。
そこにはいかにこの自動人形が優れているか、どんなことができるのか。
貴殿はこれを一目見ないと死んでも死にきれないだろう………
といったことがいかにも古い文体、大げさな言い回しで羅列してあった。
これらが事実なのだとしたら、戦前から残っているこの人形は
女神装置という名前であり、そして……

「歌って踊る? これが? 
確かに関節は作ってあるし可動はするみたいですが。
ゼンマイとか歯車が履いてるようには見えませんけど……」

多分見世物小屋という事でお客を集める為に誇張はしているだろう。
しかし現代の技術水準でようやく、といったメガミデバイスが
昭和初期には存在していたなどにわかには信じられなかった。
しかし彼女は先ほど、「本物が混じっている」と言っていたのではなかったか?

「当時の祖父の日記を読むとですね。
どうやら本当に動いてしゃべっていたみたいなんですよ。
そしてお客の前では見事な芸事を披露したり、会話をしたり。
そのせいで祖父は周りの人たちからあまり良くない噂をされてたようです。
祟りだの、良くないモノと契りを交わしたとかなんとか」

「……貴女へ向けたお爺様の悪戯の可能性はないですか?
その日記はともかく、このチラシは近年ご自分で加工して……
そちらの人形もメガミデバイスを真似て作られたとか?」

今ならば技術力があれば新しいものをいかにも古く見せることも可能だろう。
まだ半信半疑の私は考えうる可能性を彼女にぶつけてみた。

「実は僕もそう思って調べてみたんです。
でも祖父が亡くなったのはメガミデバイスが発売される前の話なんですよ」

「そう……なんですか」

そんな風に私が思い悩んでいると彼女は今度は二枚の紙を取り出して私に差しだしてきた。

「これは?」

「当時の新聞の切り抜きです。チラシと一緒に保管してありました。
こっちはそのチラシにメモしてある日付の新聞を
国会図書館で探してコピーをとったものです」

そこには先ほどのチラシと少しレイアウトを変えただけで、
ほぼ同じ内容の広告が載っていた。しかし違う点がひとつ。
広告主の名が記されていたのだ。
私の口は勝手にそれを読み上げていた。

「■■屋 店主 ■■■■■■……?」

「祖父の名です」

ここにきてどうやら相手の言葉を信用するしかなくなってしまった。
そして、自分がやるべきこともはっきりとした。

「Amberさんにはこの子たちの新しい身体を作って欲しいんです。
もちろんメガミデバイスで。
服も、この箱も、新しいものを用意してくれませんか?」

それは、私が断るとは微塵も思っていない確信に満ちた声だった。
だからこそだろうか。彼女は構わず言葉を続ける。

「時間はいくらかかっても構いません。今まで放置されていたくらいですから。
出来上がったら複製して販売して頂いて構いません。
僕の方で謝礼をお出しすることはできませんが、
出来上がった作品の販売権が謝礼代わりという事になります。
どうでしょう? やっていただけますか?」

……別になんだっていいではないか。
この話が作り話でもなんでも。
私はとにかく、この二体が動いてるところが見たい、そう思ったのだ。

「──引き受けます」

私は静かにそう言った。




※この物語はAmberが創作したものです。
実在の人物や団体などとは一切かかわりがありません。

校正・フジワラウサギ


参考図書
どこかにいってしまったものたち クラフト・エヴィング商會
愉快な機械 岸啓介